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私が学生時代に読んだ仏教書に、ドイツの実存哲学者ヤスパース著『仏陀と竜樹』がある。仏陀は仏教の開祖釈尊その人、竜樹はサンスクリット名をナーガルジュナといい、生没年は不詳であるが、150―250年頃に活躍したインド大乗仏教の大哲学者である。今回の旅で訪れたナーガルジュナ・サーガルやダムに沈んだナーガルジュナ・コーンダのナーガルジュナは、竜樹その人の名であり、学生時代に彼の思想に接した私は、ずっと彼に畏敬の念を抱いてきた。『竜樹菩薩伝』によれば、彼は南インドのバラモン出身で、若くして一切の学問に通じ、隠身の術により後宮に入って快楽を尽くしたが、欲望は苦の原因であると悟って出家したという。彼はその主著にしてインド大乗仏教の思想を代表する論書『中論』の中で、説一切有部(せついっさいうぶ)という学派などが主張する一切の実在論を否定し、すべてのものは真実には存在せず、単に言葉によって設定されただけのものである(=空)という説を展開した。さらに、部派仏教やインド哲学の諸派の思想が、いずれもそれぞれの原理を固定化・実体化すると矛盾に陥ることを示す帰謬法によって論破し、無自性、縁起、空の立場を表明した。その上で、世俗諦(セゾクタイ・世俗の立場からの真理)と第一義諦(ダイイチギタイ・究極な真理)という二つの立場から、真理は表明されるとした。<有>でもなく<無>でもなく、<空>。すべてのものに固定的な実体がないとするこの思想は、すでに原始仏教でも説かれていたが、大乗仏教の『般若経』で特に強調されるに至った。仏教が重視する実践面からすると、<空>のそれは、"熱中して、しかも執らわれず"ということだと学生時代に今は亡き塩入良道大先生から教わった。ナーガルジュナは深い思索と透徹した論理でこれ(空)を哲学的・論理的に基礎づけ、大乗仏教の思想を確立し、後世の仏教思想全般に決定的影響を与えた。そのため、中国や日本では<八宗の祖師>として仰がれている。
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