インドではカースト制度(正確にはヴァルナ・ジャーティー制度)があることもあり、
職業は親から子へと世襲されて行くことが多い。乞食(物乞い)についても例外ではなく、
親が子供の実入りが多いように、故意に手を切ったり、目を潰したりして不具者にしてし
まうこともあるようだ。
 添乗員のYさんが学生時代、インドでボランティアをしていたとき、子供たちに手と顔
を洗うよう指導したところ、親から余計なことはしなくて良いと言われたそうだ。汚い方
が実入りが多く、何かと都合が良いのだそうだ。
 また、乞食は社会から脱落者と見なされている訳ではなく、れっきとした職業で、彼ら
にも生存する権利が与えられているのだ。いわば社会保障のような面があるという。
物乞いは何もアウトカーストの人たちだけではない。きちんと職業を持っている人が突如
として物乞いに変身することもある。
 また、アウトカーストの人でも教員などになる道が開かれているし(その場合、合格ラ
インがバラモン階級が400点だとすると、アウトカーストの人たちは350点くらいと優遇さ
れている)、バラモンで乞食になっている人もいるそうだ。
 ある日マドゥライにある王宮パレスの前で物乞いをする爺さんに出会った。周囲には沢
山の同業者がいたので、私も取り合わなかった。(乞食に与えるに適当な小銭は中々確保
できないという事情もある)
 誰からもご喜捨をいただけないと察知するとその爺さんはインドの安タバコ・ビーリー
に火を付けた。乞食にも休憩時間があり、タバコも吸うのか。それは私の知らない風景で
あった。
 我々は次に南インドを代表するミナクシ寺院に向かうことにした。道が狭くバスでの移
動が困難だったことから、歩いて15分程度の場所だったが、オートリクシャーを手配した。
するとその爺さんは、運転手たちに指示ともちょっかいとも付かない言動を取り始めた。
これがこの爺さんの本業なのか否かは判別できなかったが、爺さんの身代わりの早さ、何
でもありの姿勢にはびっくり。
 別の日にタンジャーヴールのブリハディーシュワラ寺院の見学に行ったときである。
インド人に特有のお腹の出たおばさんに突如手を出すように言われ、不意を付かれた私は、
手の上にお米のはぜたような物をのせられてしまった。
 どうしたものかと迷っている内にここに置けと言われ、数メートルほど離れたゴプラム
(塔門)内の壁に彫られた神さまの前に置くと、また、手の上に同じ物をのせられてしま
った。3〜4回繰り返したであろうか。お金を要求されるのは予測できたが、まさか100
ルピー(1ルピーは約2.8円)とは。私は彼女の要求を拒否し、1枚持っていた10ルピー
紙幣を手渡した。しかし、神さまに捧げ物をし功徳があるのだから100ルピーだと言って
彼女は譲らない。私をそれを無視し歩き始めた。彼女が背後から罵倒し、私に付いてくる
のが分かった。少しすると彼女は、それなら50ルピーで良い、お釣りはあると言う。私は
そのくらいの功徳はあるかも知れないと思い、100ルピーを渡した。
 すると彼女は50ルピーのお釣りをくれた。歩き出して私は考えた。最初に10ルピーを渡
してあるのだから、お釣りは60ルピーのはずだ。私は一本取られたのか? それとも彼女
が計算できなかったのか? 寺院本殿の見学を終え出口の方へ戻ってくると、その女性は
地面にむしろを広げ、得体の知れない食べ物を売っていた。彼女の本業はこっちだったの
だ。ただ客はだれも立ち寄らず、彼女は私を鴨にして副業で稼いだ訳だ。インドの一般の
労働者の一日の賃金は私が聞いた限りでは、50〜110ルピー程。彼女は私から一日分の稼
ぎを得たことになる。でたとこ勝負のインド人! 流石にしたたかだ。
 ただ、乞食然とした人たちが皆物貰いとは限らない。ある日インド最南端の町カーニャ
クマリの海岸に日の出を見に行こうと夜明け前の薄闇の中を海岸へと向かっていた時のこ
とである。闇の中を前方からトロッコのような物に身体を載せた男が両手を使い、道の中
央の大地を這うようにこちらに向かってきた。私はその男の存在感に圧倒されながら、無
言で10ルピーを手渡した。
 しばらく歩くと、今度は道ばたに上半身裸、下半身も薄闇で判別が付かないが、ほとん
どむき出しに近い男がうずくまっていた。私は一端通り過ぎたが、何か上げないことには、
この寒さの中では生きるのに難渋すると思い(インドの夜明け前は日本ほどではないが、
風邪をひいてしまうくらい寒い)、戻って10ルピーとドーナツ2個を差し出した。言葉は
通じなかったが、その男はパイサ?(パイサはお金の単位で100パイサが1ルピー)とか聞
いてきた。私はルピーだと言った。暗くてお金の判別が付かなかったのだ。するとその男
はNo!と言った。私はそれでも受け取るように言った。それでも男はNoと言う。何で要ら
ないのだ? ルピーでは申し訳なくて貰えないということなのか? それともドーナツを
売りつけられたと思ったのか?(しかし、私は執拗に理解させようとした。相手の勘違い
などないと思うのだが) あるいは、インドでよく見かける景色、単にウンチをしていた
だけなのか? 私はその男の取った態度が未だに理解できず、勝手にインドの奥行きの深
さを感じている次第である。